大判例

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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)1028号 判決 1954年7月07日

主文

本件上告を棄却する。

理由

本件において、被告人本人から上告の申立があり、また原審弁護人からも上告の申立があった。そして、被告人に通知された上告趣意書提出期間内に、被告人は上告趣意書を提出しなかったが、原審弁護人はその期間内に上告趣意書を提出した。さらに、その後本件審理中に、右原審弁護人は、当審弁護人として選任された旨の選任届が提出された。

そこで、原審弁護人は、原審弁護人である資格において被告人のため上告申立をすることができる(旧刑訴三七九条、本件は旧法事件である)。元来上告の申立は、原判決に対する不服の理由があるが故になされるのであり、不服の理由のない上告の申立は本質上許さるべきものではないのである。従って、上告の理由は上告の申立と同時に主張されることが本来の姿である。しかし、上告の申立は簡単にできるが、上告趣意書の整理完成には相当の日時を要するを通常とするから、訴訟法は上告申立の期間と上告趣意書提出の期間を別々に定め、後者に余裕を与えているに過ぎない。それ故に、上告の申立があっても、上告趣意書提出期間内にその提出がない場合においては、不服理由の主張のない不服申立すなわち不適法な上告申立として棄却されるわけである。これを以てみても、上告の申立と上告の理由とは本質的には一体不可分の関係があると言うべきである。されば、上告の申立をすることを認められている原審弁護人は、そのなした上告申立につきその理由を提出することをも認められていると解するのが事理に適するものと言わなければならぬ。実質的にいっても原審弁護人は、事案の内容をよく知っているのが普通であるから、被告人のために上告の申立を許している以上、上告理由の提出をも許すことが、被告人の人権を保護するに妥当するであろう。それ故、上告申立をした原審弁護人が右申立と同時に提出した上告趣意又は上告趣意書提出期間内に提出した上告趣意は、拒否さるべきものではなく審理の対象とすべきものであると解するを相当とする。

次に、右原審弁護人は、上告趣意書提出期間内に上告趣意書を提出し、その後右期間経過後本件審理中に、当審弁護人として選任された旨の届出が提出された。弁護届は、裁判の時までに追完し得るものであるから、この意義においても本件上告趣意は、拒否することなく審理するを相当とする。

弁護人岩垣利助の上告趣意について。

第一点 原判決においては、被告人が、昭和二一年五月末頃高山線細江駅において下り列車から下車した際、ホームで執務中の同駅予備助役山腰末太郎に対し俺を殺すというものがこの汽車に乗っておる、俺がその男を探して降ろすまで汽車を出していかん、もし出したらお前もやってやる旨申向けて、若しこれに応じなければ身体に危害を加えるような態度を示して、同助役を脅迫し、右列車を二、三分遅発するのやむなきに至らせ、以てその公務を妨害したる事実を認定し、これに公務執行妨害罪の刑法九五条を適用した。所論は、本件には一般法である刑法九五条を適用すべきものではなく、特別法である鉄道営業法三八条を適用すべきものであると主張する。しかし、刑法九五条と鉄道営業法三八条とは、互に交錯するところはあるが、一般法・特別法の関係にあるものということはできない。本件犯行は一箇の行為にして前記両法条の罪名に触れるものと見るを相当とし、従ってその最も重き刑すなわち刑法九五条の刑をもって処断すべきものである。それ故、原判決が刑法九五条のみを適用処断したのは違法ではあるが、結局において刑法九五条の刑をもって処断すべき案件であるから、原判決の違法は判決に影響を及ぼさざること明白であって上告理由となすことを得ない。

次に、所論は、被告人が柏木亦蔵から金二万五千円を喝取したのは、正当な権利の実行であるから、犯罪を構成せぬと主張する。しかし、これは原審の認定に副わない事実を主張するものであって、論旨は結局事実誤認の主張に帰し、適法な上告理由に該当しない。

第二点 所論は、刑の量定を非難するが、量刑は原審の自由裁量に属し、上告適法の理由に該当しない。

第三点 所論は、原審において刑の執行を猶予さるべき情状があることを述べたにかかわらず、何等の説明なくして実刑を言渡した原判決は、旧刑訴三六〇条二項の規定に違反すると主張する。しかし、刑の執行を猶予するかどうかは、原審の自由裁量に属し、執行猶予の情状の弁論主張は、旧刑訴三六〇条二項にいわゆる刑の加重減免の原由たる事実上の主張には該当しない。それ故、論旨は採るを得ない。

よって刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官沢田竹治郎、同霜山精一、同藤田八郎の少数意見を除きその余の全裁判官の一致した意見である。

沢田、霜山、藤田裁判官の少数意見は左のとおりである。

旧刑訴四一条一項には「弁護人の選任は審級毎に之を為すべし」と規定している。この規定は弁護人の選任の効果をその選任した審級毎に制限し、弁護人の権限をその選任された審級における訴訟行為をすることだけに制限する趣旨のものであることはいうまでもない。ところで、一見したところでは、この規定の趣旨と相容れないように思われる規定が刑訴にある。すなわち、「原審における代理人、又は弁護人は被告人の為に上訴を為すことを得。但し被告人の明示したる意思に反することを得ず」と定めている旧刑訴三七九条の規定がそれである。(以下この規定については第二審判決に対する上告をする弁護人の場合だけに問題を制限する)。しかし、元来旧刑訴では控訴の提起にはその理由についての制限をしていないし、控訴趣意書を提出すべしとか、控訴申立書にその理由を記載すべしとかの規定も定めていないから、控訴申立書には第一審判決に不服であるから控訴を申立てるという趣旨を記載すれば足りるわけである。ところが上告にはその理由を制限しているから、上告申立には当然にその理由を明確に申立てなければならぬ筋合である。もとより上告の理由は上告申立の時に既に存在し且つわかっている場合が多いのであろうから、上告申立書に必ずその理由を記載せしめることにしても、また、記載したいという者にはこれを記載することを認めることにしても、支障がないと考えられないことはない。しかし上告申立書に上告の理由までも記載しなければならぬこととすると、勢い上告申立書を提出することが、控訴申立書の提出期間のような短期間では事実上不可能の場合が起りうるのであるから、強て短期間にかような上告申立書を提出させることにすると、被告人の上告申立権の行使を事実上不当に制限する結果を容認しなければならぬことになる。それかといって、かような結果の生じない為に上告申立書提出の期間を非常に延長することは判決の確定が非常に長引くことになる。さすれば判決の確定を長引かせることもなく、しかも、被告人の上告申立権の行使を事実上不当に制限するような結果をさける為には、単に第二審の判決には不服だから上告するという趣旨の上告申立書の提出と上告理由書の提出との時を別々にして、右のような趣旨だけを記載した上告申立書の提出の期間は出来るだけ短期とし、上告理由書すなわち、上告趣意書の提出の期間は上告審が最初に定める公判期日における審理の準備に支障のない日時迄延長することが適切な措置のように思われる。旧刑訴が上告の提起すなわち上告申立書を提出する期間を五日と定め(四一八条)控訴の提起すなわち控訴申立書を提出する期間よりも二日を短縮していること、これに反して上告趣意書の提出期間を上告審が最初に定めた公判期日一五日前迄と規定(四二三条)しているのは蓋しこの趣旨にいでたものと理解されるのである。そして旧刑訴は上告申立書は第二審裁判所(飛躍上告の場合は暫く論外とす)に差出すべきことを定め(四一九条)ているのに、上告趣意書は上告裁判所に差出すべきことを定め(四二三条)ている。また、「上告の申立が法律上の方式に違反し又は上告権消滅後に為したものなるときは、第二審裁判所は検事の意見を聴き決定を以て之を棄却すべし……」(四二〇条)と規定している。これ等の旧刑訴の規定を綜合して考えると、旧刑訴は上告申立書(単に第二審判決に不服につき上告する旨だけを記載した)を提出することを以て上告を提起するとか上告をするという義とし適法な上告の申立があればこれによって訴訟は上告審に繋属するのであるが、上告趣意書を提出することは、訴訟が上告審に繋属して後の上告審における訴訟行為であるとするたてまえを採っているものと理解することができる。されば旧刑訴三七九条に原審における代理人又は弁護人は被告人の為上訴することができるとあるのは上告については第二審の弁護人は被告人の為に二審判決に不服だから上告を申立てる旨の上告申立書を提出することができるという意味だけであって、別に上告趣意書までも提出することができるというのではない。すなわち上告の申立をすること自体はみとめられているが、第二審の弁護人に上告審における訴訟行為までもできるという趣旨ではないのであるから、結局右の規定も旧刑訴四一条と相容れないものではないということができる。従って、この旧刑訴三七九条を論拠として第二審の弁護人は上告審での弁護人として選任されていなくとも、上告申立書を提出している場合には上告趣意書をも提出することができ、その提出した上告趣意書は有効なものであるという説は旧刑訴が上告申立書の提出と上告趣意書の提出とを別個の訴訟行為となし、しかも後の行為は上告審での行為としているたてまえと、弁護人は審級毎に選任すべきものとしている旧刑訴四一条の法意とに強て眼をおおうものとの非難を甘受すべきであろう。要するに、第二審での弁護人であるだけで、旧刑訴三七九条によって上告の申立をしていても、事件が上告審に移ってしまった後に上告趣意書を提出する権限はなく、かかる弁護人の提出した上告趣意書は無権限の者の提出した無効のものといわなければならぬ。(もし、第二審弁護人が上告申立書に上告理由を記載して差出したとしたなら、その上告理由を適法なものと認め得るかどうかは本件には関係のないところであるばかりでなく、たといこれを適法のものと認めうるとしても、そのことから、直ちに事件が上告審に繋属するに至った後においても、第二審弁護人として当然上告趣意書を提出することができると推論することはできない。)ところで記録を精査するに本件は昭和二三年一二月二〇日第二審判決の言渡があり、同月二三日附で被告人から、また翌二四日附で第二審弁護人岩垣利助から、それぞれ上告申立書(いずれも二審判決に不服につき上告を申立てる旨だけを記載した)が第二審裁判所に提出され、同二四年四月四日最高裁判所に記録が送付され、同月一〇日最高裁判所第一小法廷からの同小法廷が最初に定めた公判期日九月二二日の通知書が上告人たる被告人に送達され、(上告申立人たる第二審弁護人岩垣利助を上告審での弁護人として選任する旨の届書がこの公判期日通知書発送前には提出されていないし、同人には右通知書は送達されていない。)同年九月一日附で(第二審)弁護人岩垣利助からは原審弁護人名義で上告趣意書が最高裁判所第一小法廷に提出されたが、被告人からは上告趣意書の提出なく、また、第二審弁護人岩垣利助を上告審での弁護人とする旨の届書が上告人趣意書の提出期間内には提出されていない(同年九月一九日第一小法廷は本件を大法廷で審理裁判すべきものと認めて、これを大法廷に通知し、大法廷は公判期日を昭和二五年一月一八日と定め上告人たる被告人に通知書を同二四年九月二一日書留郵便に付し送達し、同年一二月一二日上告人たる被告人は第二審弁護人岩垣利助を上告審での弁護人とする選任届を同人と連署で最高裁判所大法廷に提出した。)ことはこれを明認することができる。ところで、前段に示すとおり第二審弁護人岩垣利助を上告審での弁護人とする選任届が最高裁判所第一小法廷で本件についての最初の公判期日を定める前に提出されていないのであるから、第一小法廷が右の通知書を上告人たる被告人に送達しただけで、上告人たる同弁護人には送達しなかったことの不法でないことは旧刑訴四二二条二項の趣旨に照して多言を要しないところである。されば本件についての上告趣意書提出期間の基準日たる最初に定めた公判期日は右最高裁判所第一小法廷が最初に定めた公判期日である昭和二四年九月二二日であることはいうまでもないところである。そして上告審において被告人の選任する弁護人の選任届は遅くとも上告趣意書提出期間内に提出されなければ第二審弁護人が権限なくして提出した上告趣意書は最早や適法のものとならぬと解すべきことは当裁判所の判例とするところである。(昭和二三年(れ)第一二九号同年六月一二日第二小法廷判決、判例集二巻七号六六八頁以下、及び、同二三年(れ)第四〇二号同年七月六日第三小法廷判決、判例集二巻八号七九一頁以下)しかるに第二審弁護人岩垣利助を上告審での弁護人とする選任届が右上告趣意書提出期間たる昭和二四年九月二二日の一五日前迄に提出されなかったことは前段に示すとおりであるから、岩垣弁護人の提出した右上告趣意書は上告審で訴訟行為をする権限のない者の提出した無効のものといわなければならぬ。そして上告申立人たる被告人からは上告趣意書を提出していないこと前段に説明するとおりであるから、本件については結局上告申立人から上告趣意書を期間内に提出しなかったことに皈着し、旧刑訴四二七条によって、本件上告は決定を以て棄却すべきものといわなければならぬ。

裁判官塚崎直義、同長谷川太一郎、同穂積重遠は合議に関与しない。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上 登 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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